9/26/2010

夏圭子

それでも夜中に電話がつながると、
「どうしてるの?」
「うん、今日、韓国から帰って来た」
「エーッ、貴方、韓国になんで行くのよ」
「うん、ちょっとね」
何を聞いても、うんちょっとばかり。その頃、あの占い師のことなど、頭をかすりもしなかった。

それから、今年で十年も過ぎる。息子は今では急に言葉を発する時、興奮したりした時、先に出るのは韓国語である。
韓国に伝説のバンド「サヌリム」にギタリストとしてメンバーになっている。
そこへ到ったただ事ならぬ人生はいつか―息子の口から話す機会もあるだろう。
columu08022204.jpg2005年、八年ぶりに復活する“サヌリム”の韓国ライブが、韓国ソウルのジャンチュン体育館で5月の麗らかな午後行われた。
円形の舞台は、息子の見えやすい家族席に息子の尊敬する“サヌリム”リーダーギタリストの“キム、チャンワン”氏が席を用意してくれた。
待ちに待っていた熱狂的ファン達がうねっていた。開演と同時のものすごい大音響の中、舞台に立ち、強烈なライトをあびている息子を見た時、ふとずっと前に、聞いたあの占い師の言葉がすべて、よみがえった。
ああ、このことだったのか。ひとつのくるいもなく、バシィッとつじつまが合った。
後で思った事だったが、“秀”の名前と生年月日を知った後の、あの長い“間”は、あれから何ヶ月かして“秀”の命が尽きる事を、知っていたのかもしれない。

「私、いつまで、生きられますか」
あれからずっと私は、すぐ側に“秀”の気配を感じている。


■プロフィール
夏圭子
17歳の時、俳優座養成所へ。芸名の「夏」は8月生まれということ、「圭子」はテレビデビューの際の役名に由来。
円谷プロが1969年に製作した『恐怖劇場アンバランス』第6話「地方紙を買う女」(松本清張原作)や、1968年の映画『若者たち』に出演するなど活躍を続けた。後に『太陽にほえろ!』』のゴリさん役でお馴染み、竜雷太と結婚し芸名を「桂子」に変更。
以降も数々の映像作品に出演し人気を博す。近年、メディアへの露出が無かった彼女だったが『恐怖劇場アンバランス』Vol.3特典映像では、彼女の現在のインタビューを観ることが出来る。

長谷川陽平
1971年生まれ。父に竜雷太、母に夏圭子、を持つギタリスト。
韓国を代表する国民的ロックバンド「サヌリム」の音楽に衝撃を受け、1995年に渡韓。
10年に及ぶ熱烈なオファーで、ついに2005年、「サヌリム」の正式メンバーとして加入が決まる。
2006年には、韓国で200万人を動因した大ヒット映画「死生決断」のサウンドトラックを製作。
アジア音楽に造詣も深く、コラム執筆、ラジオDJなど、文化人としての活動も行いながら、シンガーのプロデュースほか、韓国を拠点に幅広い活動を続けている。

夏圭子

占い師を勝手に想像していた私は、普通の“おっちゃん”に拍子抜けの感じだった。通訳を名乗った人が、カバンの中から白いB4位の紙とボールペンを出し、私達の前に置いた。見てもらう順番は、前もって決めてあった。
まず、“秀”。B4の紙に、言われた通りに生年月日と名前を書き、その人の前にさし出した。その人はじっと紙を見ていた。不思議な長い“間”があった。
その長い間に耐えきれず、あせる口調で口火を切ったのは“秀”だった。
「アタシ・・・いくつまで、生きられますか?」
その頃、色々な問題を抱えていた“秀”のその質問は、ザワッ!と皮フが泡立つような真剣な響きがあった。その人は静かに目を上げると、じっと“秀”を見つめた。
訳のわからない“間”はずっと続いていた。B4の紙にもう一度目をおとし、通訳の人にボソボソと何か言った。
“七十歳位までは、生きますよ”と優しい声で通訳は伝えた。
あと、色々な事を聞いていたが、私の頭の中にはその質問だけが残った。
columu08012502.jpgもう一人が済み、そして私。
結婚は三回するって。ギョッ!年下の男に気をつけろ!って。まあ、こんなもんだって感じの、たいした事は言わない。後は忘れてしまう程度のことだった。
もうおしまいか―と思った時、その人が言った。
「貴女、子供がいるでしょ」
「えぇ、息子がひとり」
息子の名前、生年月日をB4に書いた。
「あっ!ブタの年、ブタの月、ブタの日生まれ」
「えっ?ブタだって!」
皆が、笑った。ブタとは、韓国では猪の事。笑いをさえぎるようにその人は続けた。
「何か好きな事、得意な事、ありますか?」
「浪人中なのに、ギターばかり弾いてます」
「ああそれ、ギターで一生生きてゆく。貴女、息子にかけなさい。息子の役に立ってあげなさい。肉をなるべく控えて(友人の焼肉屋で、そう言った。)野菜中 心で、酒には気をつけて、酒で身体をこわす、よ。ポンポンといいリズムで、続ける。年をとる度に、良くなるよ。本当にいい人生だ。素晴らしい運勢を持って る」
そして―
「この子、韓国に来ます」―と言い切った。
「エーッ!韓国?」
今でこそ、韓流などとゆう状況もある。その頃は、韓国は近くで遠い存在だったから突拍子もない感じで。
「ヘェーそうですか」ってな感じで聞いていた。
ブタでもよさそうな人生で、特別、悪いことも言われずホッとしていた。

それから何ヶ月かたって夏の盛りに突然“秀”が死んだ。
くも膜下出血だった。(続く

夏圭子

夏圭子 プロフィール
column08101702.jpg17歳の時、俳優座養成所へ。芸名の「夏」は8月生まれということ、「圭子」はテレビデビューの際の役名に由来。
円谷プロが1969年に製作した『恐怖劇場アンバランス』第6話「地方紙を買う女」(松本清張原作)や、1968年の映画『若者たち』に出演するなど活躍を続けた。後に『太陽にほえろ!』のゴリさん役でお馴染み、竜雷太と結婚し芸名を「桂子」に変更。
以降も数々の映像作品に出演し人気を博す。近年、メディアへの露出が無かった彼女だったが『恐怖劇場アンバランス』Vol.3特典映像では、彼女の現在のインタビューを観ることが出来る。